台湾で卵子提供・№1              2017年 7月13日



●3年で110人子供誕生

(読売新聞 2017年5月29日の記事より引用)

「僕にも貸して」「いや、あげない」。
4月末、北九州の自宅マンションで、幼い双子の兄弟が落書き用の蛍光ペンを取り合い、けんかを始めてしまった。
2歳の広田心輝(ひかる)くん、心希(のぞむ)くんだ。
姉の楓(かえで)ちゃん(5)と母親の順子さん(45)が抱きしめると、また仲直りした。



2人は実は、若い台湾人女性からの卵子提供で授かった。
順子さんが40歳の時、夫の暁彦(あきひこ)さん(38)との間に長女・楓ちゃんが生まれた。
保育園で年下の子どもの面倒を見るようになった楓ちゃんの「私、お姉ちゃんになりたい」との言葉をきっかけに「妊活」を始めた。

人工授精や体外受精を6回試みたが、初期で流産したり、受精卵が着床しなかったり…。

加齢の影響か、ついに十分な卵子がとれなくなった。
唖然とする順子さんに主治医が告げた。

「台湾に渡航して卵子提供を受けるという手法もある」。

光が差したように思えた。

「楓がいる。そこまでしなくてもいい」と夫は反対したが、にぎやかな家庭を望む順子さんの気持ちも強かった。

1週間かけて夫を説き伏せ、夫婦は2014年3月、海を渡った。


主治医に教えられた台北市の不妊治療専門「宏孕(ホンジ)ARTクリニック」を受診。その日のうちに夫の精子を採取し、凍結保存。

若い卵子提供者(ドナー)を希望し、複数の候補から20歳代前半の女性に決まった。その後はとんとん拍子。

クリニックが受精卵をつくった後、順子さんの子宮が妊娠しやすい状態になった6月に再渡航し、移植を受けて帰国。

十数日後、妊娠がわかった。
翌15年2月、双子が生まれた。
今では、しっかり者の兄、甘えん坊の弟と性格の違いも出てきた。

順子さんは「夢がかない、ドナーには本当に感謝している。受精卵をおなかに戻した瞬間から我が子。遺伝的なつながりがあるかないかで愛情に何の変わりもありません」と話す。


卵子提供を隠す気はないが、必要なければ将来、あえて告げるつもりもない。

日本では生殖医療の法律がなく、卵子提供はわずかしか行われていない。

実施医療機関は、加齢による不妊は対象にしておらず、通常、卵子提供者は夫婦自ら探す必要がある。

そんな中、日本の隣の台湾が注目されている。

読売新聞の調査で14~16年の3年間に少なくとも177人の日本人女性が台湾で卵子を提供され、110人が生まれたことがわかった。

現状と課題を探る。



☆病院では精子と卵子の出会いの距離を確実に近づけてくれます。
(人工授精・体外受精・顕微授精)
☆アオキ薬局では精子と卵子の質を上げて元気にしていきます!